賑やかな夜の繁華街は、ネオンが揺らめき
どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。
お酒の匂いと人々の笑い声。
流れる音楽は、昼間とは違った世界にいると錯覚させる。
仕事を忘れ、肩書きや立場を意識せずに、素の自分でいられる時間。
そんな街の中で、たしぎは一人の男と行動を共にしていた。
海兵であろう者が、何故、海賊と一緒にいるのか。
幾度となく浮かぶ問いには、いまだ答えは出ていない。
ただ、この男といるとそういうのは、あまり関係ないんじゃないかと
思えてくるから不思議だ。
この街の雰囲気のせいなのか。
自分の心を、はっきり認めたくないだけなのか。
一人になると、やたら考え込んでしまう。
でも、今は目の前の男の背中を追うのに必死で、
ごちゃごちゃした想いは頭から追い出せる。
心地いいと思ってもかまわない。
思わず自分に許してこぼれた笑みを、
気取られないように口を結んだ。
「なに、さっきから一人百面相してんだ?」
前を向き、当然こっちの顔など見えてないものだと
思っていたのに。
「も、もとからこういう顔ですっ!」
見当違いの返事に、鼻で笑われた。
今度は、背中に向かい怒り出す。
そうやって、いっつも人を小馬鹿にして。
苦い顔でべろを出した途端、
急に立ち止まった背中に、顔面を思い切りぶつけてしまった。
「いたっ!ちょ、ちょっと急に立ち止まらないで下さいっ!!!」
鼻を押さえながら文句を言うと、
「声出すな。」
低い声が、状況を物語る。
通りの陰から、様子をうかがう男の後ろで、
たしぎは黙って振り返ると、背後を確認した。
********
たしぎが今日、この男、麦わら海賊団の副船長
ロロノア・ゾロと一緒にいるのは偶然だった。
人ごみでにぎわう街なかで、たしぎは武器の窃盗団を追っていた。
その中に、業物の名刀も含まれているとの情報があったからだ。
なにも非番の日に、わざわざ出向かなくてもよかろうに、
刀を扱う研師の店屋が襲われたと聞いて、
居ても立ってもいられなかった。
捜索にあたっている部隊の者から
情報を聞き出して、一人街に出た。
意外にも、窃盗団は繁華街の地下倉庫をアジトにしているという。
潜伏場所を探している途中で、
緑の髪の男と鉢合わせをした。
「な、なにやってるんですか?!こんなところで!」
「お前の方こそ、何なんだよ!いきなり!」
「わ、私は、賊を追ってるんです。」
「一人でか?」
「いけませんか?!」
「いや、別に。お前の追っている賊って、刀屋を襲った奴らか?」
「そうです!業物の名刀を狙って奪っているとか。」
「居場所を知ってるのか?」
「このあたりの地下倉庫をねぐらにしているらしいんですが、
もしかして、ロロノアも、探してるんですか?」
「あぁ。」
「どうして、あなたが!?」
たしぎの問いには答えず、ゾロは歩き出した。
******
ゾロは、この街の刀屋に和道一文字を研ぎに出していた。
三刀流のゾロは、一本ずつ刀を研ぎに出す。
一度に三本全てを預けることはしない。
仕上がる日に、店に出向くとなにやら人の出入が多く、
騒然としていた。
遠巻きに眺めていた街人に尋ねると、
賊に入られ、名刀を奪われたらしいという話だった。
嫌な予感がして、捜索にあたっている軍の目を避けて
そっと裏口から店に入った。
主人の住まいをかねている建物には、
傷を負った主人が寝床に座っていた。
「おい、おやじ、ずいぶん酷い目にあったらしいな。」
驚いて振り向いた年老いた研師の目に、驚きと安堵の色が浮かんだ。
「お前さん!よかった。こんな騒々しくちゃ、店に現れないと思ってたよ。
すまねぇな、こんなことになっちまって。」
主人はくやしそうにうつむいた。
「バカ言ってんじゃねぇ、命あっただけよかったんだ。
何も心配すんな。刀はオレが取り返す。」
「お前さんなら、そう言うと思ったぜ。だがな、見くびってもらっちゃいけねぇ。」
そう言うと、ごそごそと、布団の下から
見慣れた刀を取り出した。
「オレの刀・・・無事だったのか?」
「へへ、こいつだけは渡せねぇと思ってたからな。
こういう店には秘密の隠し場所ってのがあるんだよ。」
得意そうに笑う主人の顔が、傷の痛みで歪んだ。
「バカやろう、とっとと逃げりゃそんな傷負うこともなかっただろうに。」
言葉とは裏腹に、ゾロはしっかりと和道一文字を受け取ると、
頭を下げた。
「恩にきる。」
主人は満足そうに頷いた。
「早く傷を治せよ。またこいつを頼まないといけねぇからな。」
主人の顔が、ぱっと輝いた。
「あぁ、そうだな。」
主人は横になると、目を閉じた。
奥の台所から様子を見ていた細君が
ゾロに向かって、深々と頭を下げた。
裏口から見つからないように店を出ると、
ゾロは賊の手がかりを探るために、街にむかった。
******
「ちょうどいい、手を貸してやるから、
賊を探すの手伝え。」
「ちょっ!それはこっちの台詞・・・じゃないか。
えっと、海賊の手なんか借りません!」
街で偶然出会ったたしぎも、目的の窃盗団を追っているという。
自然と二人連れ立って街中を歩き回った。
「見ろ。今、あそこに人が入ってったぞ。」
急に立ち止まり、じっと動かないゾロが口を開いた。
物影からのぞいた先に、
細い通路があった。
建物と建物の間の薄暗い空間に
人目をはばかるように、一人の男が消えていった。
黒い影が動いたように見えたのは、きっと扉が動いたのだろう。
「ほんとだ。」
「あんな所に、さっきから、4、5人入って行ったままだ。」
たしぎは、もっとよく見ようとゾロの前に出る。
扉の前に行ってみれば、中の声が聞こえるかもしれない。
通りに足を踏み出したとたん、ゾロに腕を引っ張られ、
バランスを崩した。
「なっ!」
バフッ。
たしぎの顔が、ゾロの上着で包まれる。
思わず唇が触れてしまうほど、ゾロの胸に顔を押し付けられた。
声を出せぬまま、じたばたするたしぎを、
ゾロは、両手で背中と腰を撫で回す。
「なぁ、いいじゃねぇか、今夜は帰したくねぇ。」
状況が飲み込めないまま、ゾロの言葉に思わず顔が熱くなる。
「だ、だめです。・・・そんな急に。」
「ちぇっ、いちゃいちゃしやがって。酔っ払いが!」
ブツクサとケチをつける男の声がして、たしぎは身を固くした。
「静かにしろ。もう車の手配は出来た。呼びに行くぞ。」
「あぁ、わかったよ。」
二人組みの男の足音がすぐ傍で聞こえた。p
賊の仲間?
たしぎに緊張が走る。
不意に頬に手を添えられたかと思うと、
ゾロがたしぎの顔を覗き込んだ。
そういうことですね。
たしぎは、了解したの合図に小さく頷いてみせた。
それを見たゾロは、ふてぶてしい笑顔を見せると、
そのまま唇を重ねた。
!
「なっ、なにするんですか!?いきなりっ!」
「あ?あぁ、頷いたからよ、いいのかと思って。」
「そういう意味で、頷いたんじゃありませんっ!!!」
「そうだったのか?」
しれっと笑いながら、ゾロは歩き出した。
「あっ!ちょっと!ロロノア、どこに!」
顔を真っ赤にしながら、たしぎが引きとめようとすると、
ゾロは、黙って顎でアジトの方を指し示す。
「あいつら、ここを離れる気だ。」
「乗り込みますか?」
「あぁ。」
入り口のドアに耳を近づければ、
数人の話し声が聞こえる。
ここで、間違いねぇな。
ドアのを挟んで向かい合うと、
たしぎはゾロを目を真っ直ぐに見つめ返した。
<続>